奇妙な異世界

ああ、そういうことか

【短編小説】一生に一度の異世界観光が、そのまま一生になった僕の話

お題「人生で一度でいいからいってみたい国ってどこですか?」

 

 

 

「一度でいいから、行ってみたかったんだよな」

 

 

椎名はパスポートを握りしめながら、ぼそっとつぶやいた。

目の前には大きな空港の搭乗口。
行き先は――「アイザワ共和国」だった。

 

「え、それどこ?」と友人には言われたけれど、椎名はずっと憧れていた。

教科書にも地図にも載っていない、伝説の国。


行けるはずがない。

でもどうしても行きたかった。

 

「じゃあ、俺が案内するよ」

 

そう言ってきたのが、旅行会社の男だった。
名刺には「異世界旅行センター」と書いてあった。

 

「え、異世界?」

 

「そう。アイザワ共和国は、この世界にはないんですよ。でも安心してください。最近は異世界渡航も簡単になりましたから」

 

「……まじで?」

 

椎名は、その場で契約書にサインした。

 

 

 

 

目を覚ますと、椎名は「アイザワ共和国」にいた。

赤い空に、青い湖。空気は甘い香りがする。
「現実感がないな……」と思いつつも、心は高揚していた。

 

「椎名さん。よくぞ来てくださいました」

 

現地ガイドと名乗る男がやってきた。


「私がこの国を案内します。何でもお申し付けください」

 

「へぇ……本当に異世界ってあるんだな」

 

椎名は、夢のような観光を楽しんだ。
巨大な水晶の塔を見上げ、砂糖のような雲を食べ、動く絵画の博物館を巡る。

 

「これ……最高じゃん」

 

 

 

 

ある夜、ガイドの男がこっそり話しかけてきた。

 

「実は、椎名さんにお願いがあるんです」

 

「ん?」

 

「ここに来たからには、ひとつだけ守らなきゃいけないルールがあるんですよ」

 

「え、何?」

 

「“永住すること”です」

 

「……は?」

 

異世界観光の裏ルールです。一度来たら、帰れない。それが決まりなんです」

 

椎名は顔をひきつらせた。

 

「でも……そんなの、契約のとき聞いてないぞ」

 

「ちゃんと書いてありましたよ。“小さい文字”で」

 

「……おい」

 

「ご安心ください。永住すれば、もっと素敵な場所にも行けますよ。例えば、魂だけになって楽しむ“無限遊園地コース”とか」

 

「ふざけるな……俺は帰る!」

 

椎名は男を突き飛ばし、逃げ出した。

 

 

 

 

だが、空港はなかった。

元の世界に戻る道は、どこにもない。

椎名はガイドたちに捕まり、特殊な「転生装置」に運ばれた。

 

「やめろ!俺はただ、観光に来ただけだぞ!」

 

「すみませんね。でも、異世界ビジネスってこういう仕組みなんですよ。新しい住民が来なきゃ、この世界は維持できないんです」

 

「……裏切ったな」

 

「最初から、そのつもりでした」

 

 

 

 

椎名は装置に入れられた。
全身が光に包まれ、意識が遠のいていく。

 

「頼む……せめて、もう一度だけ。人生で一度でいいから、日本に帰りたい……」

 

 

 

 

――目を覚ますと、椎名は自分の部屋にいた。

 

「……夢だったのか?」

 

しかし、スマホを見てゾッとした。

カレンダーの日付が、異様に未来だった。
100年後の日付が表示されている。

ニュースアプリを開くと、画面には見慣れない国名が並んでいた。

 

「アイザワ共和国、また国民増加」

 

異世界観光ツアー、本日も大盛況」

 

椎名は顔を青くした。

 

「……え?」

 

ふと、自分の腕を見ると、肌に見慣れないマークが刻まれていた。

 

 

【住民コード:アイザワ-0241】