奇妙な異世界

ああ、そういうことか

【短編小説】異世界カレー開店しました

今週のお題「カレー」

 

 

「目を開けてください」

 

 

気がつくと、男は知らない場所にいた。
薄暗い神殿。周りにはローブをまとった人々が膝をついている。

 

「あなたは異世界の救世主です」

 

「……え?」

 

「どうか我らの国を救ってください!」

 

男は混乱した。
たしか自分はカレー屋だったはずだ。
毎日スパイスを仕込み、ルーを煮込んで、店を開けて……。

 

「すみません、救世主とか言われても、俺はカレーしか作れませんけど」

 

「それで結構です」

 

ローブの男は深刻な顔で言った。

 

「この国では、食べ物が激マズなんです」

 

「……は?」

 

「すべての料理が、まずい。素材も腕も最悪です。だから国民の心が荒んでしまいました」

 

「で、俺が呼ばれたと」

 

「はい。あなたは“伝説のスパイス使い”として、異世界料理の専門家に認定されています」

 

「いや、ただの町のカレー屋なんだけど……」

 

「構いません!カレーが食べたいのです!」

 

男は思わず苦笑いした。

 

 

 

 

それから男は異世界でカレー屋を始めた。
材料はこの世界の食材を使うしかないが、不思議と問題なかった。

 

「この肉……イノシシみたいだけど、煮込んだら柔らかいな」

 

「この草は、パクチーか? いや、もっとクセがあるな……」

 

香辛料はすべて自分で調合した。
焙煎、粉砕、ブレンド
魔法の力も少し借りて、香りを強めることもできた。

 

「よし、こんなもんかな」

 

鍋から立ち上るスパイスの香りに、異世界の住民たちは目を輝かせた。

 

 

 

 

「いただきます!」

 

一口食べた瞬間、住民たちは泣き出した。

 

「う、うまい……!」

「こんな料理、初めてだ!」

「これは……神の食べ物だ!」

 

男はカレー職人としての誇りを感じた。


「やっぱカレーって、世界を救えるんだな」

 

 

 

 

それから店は毎日大行列になった。
国王も訪れ、騎士団も、魔法使いも、カレーにハマった。

 

「今日はチキンカレー!」

「私はポークカレーで!」

「お子様はバターチキンがいいねぇ」

 

異世界の人々は、日に日に笑顔になっていった。

 

 

 

 

ある日、国の偉い人がやってきた。

 

「あなたのおかげで、この国は救われました」

 

「いやいや、大げさですよ。ただのカレーです」

 

「しかし、国民の暴動も戦争もなくなりました。全員、あなたのカレーに夢中なんです」

 

「それはよかった」

 

「ですので、これからも“永遠に”カレーを作り続けてください」

 

 

「……え?」

 

 

「国の平和は、あなたのカレーにかかっていますからね」

 

「ちょっと待ってくださいよ。俺にも休みが……」

 

「ありませんよ」

 

「え?」

 

「あなたはもう、“国家戦略兵器”に認定されましたから」

 

「戦略兵器!?」

 

「カレーがなくなれば、また戦争になります。ですので、あなたはずっとここでカレーを作っていただきます」

 

「いやいや、俺はただの町のカレー屋で……」

 

「いえ、もう帰れませんよ」

 

 

 

 

男はそれから、毎日カレーを作り続けた。
王族も、兵士も、民衆も、毎日カレーを食べる。
スパイスが切れれば、魔法で再生される。
体が疲れれば、回復魔法がかかる。

 

「……なんだこれ」

 

気がつくと、男は寝る暇も、休む暇もなかった。
ただ、カレーを作り続ける。永遠に。

 

 

 

 

ある日、男はふと思った。

 

「これって、魔王を倒すよりキツいんじゃ……?」

 

だが、誰も答えなかった。
厨房の外からは、今日も人々の歓喜の声が聞こえていた。

 

「カレー!カレー!カレー!」

 

男は鍋をかき混ぜながら、ぼそっと呟いた。

 

「……まぁ、悪くないか」

 

そして、また新しいスパイスを手に取った。