「おめでとうございます。異世界転生の当選通知です」
男は目を疑った。
手元の封筒には「異世界納税課」と書かれている。
「え、いや、そんな応募した覚えは……」
「当選確率は全国民平等です。抽選結果には従っていただきます」
役所の職員は淡々と言った。
「これより異世界転生税の納付をお願いいたします」
「……なんだそれ」
「簡単に言えば、あなたの人生は、異世界転生のために国家が買い取りました。
その代わり、今後の生活費用はすべて向こうの世界で賄われます。お得ですよ」
「いや、待ってくれ!俺はまだ死んでないだろ!」
「はい、生きたまま転生していただきます。最近はそちらのほうが主流です」
「主流……?」
職員はパンフレットを渡してきた。
表紙にはこう書かれている。
『異世界転生制度のご案内』
「日本政府は2035年から、人口調整と財政再建のため、異世界輸出事業を開始しました。
異世界側からの受け入れ要請が増えております。現在の転生希望者数は供給不足です」
「……要するに、俺を異世界に売ったってことか」
「そうとも言えますし、そうでないとも言えます」
「……」
「ご安心ください。異世界での生活は、事前にAIによる最適化が施されています。
職業は『村人D』に内定しておりますので、競争はありません。平穏な日々が待っています」
「……いやだ、行きたくない。俺はここで普通に生きたいんだ」
「残念ですが、拒否権はありません」
職員はタブレットを操作した。
「それでは、これから異世界転送手続きに入ります。
※転送後の死亡リスクについては一切の補償がありませんのでご了承ください」
「おい!ふざけ――」
男が声を上げた瞬間、視界が白く弾けた。
気づけば、男は草原に立っていた。
まるでゲームの世界のような景色だ。
「……マジかよ」
ポケットには謎のデバイスが入っていた。
『異世界生活サポート端末』と書かれている。
起動すると、画面にこう表示された。
【村人D 登録完了】
「えーと……なにをすればいいんだ?」
男は戸惑った。
すると、端末から通知が届いた。
『今月の納税義務を履行してください』
「え?納税……?」
『異世界での生活は日本政府によるレンタル契約です。
あなたは毎月「魂の一部」を日本に納める義務があります』
「……」
男は混乱した。
「魂って、どうやって払うんだよ」
端末が自動音声で答える。
『安心してください。支払いは自動的に行われます』
次の瞬間、男の胸がズキンと痛んだ。
何かが抜き取られた感覚があった。
画面に進捗が表示される。
【魂税 引き落とし完了:3%】
その後、男は異世界で暮らし続けた。
畑を耕し、羊を飼い、平穏に過ごしている――ように見えた。
だが、月に一度、魂が少しずつ引き落とされる。
5%、10%、15%……。
「……おい、これ……続けたら、どうなるんだよ」
誰に問いかけても、誰も答えない。
村人たちはみな同じ端末を持ち、同じように「納税」していた。
ある晩、男は村のはずれに住む老婆に聞いた。
「魂を全部払ったら……どうなるんだ?」
老婆は微笑んだ。
「心配することはないよ。払えなくなったら――」
「払えなくなったら?」
「そのときは、国が回収に来るだけさ」
「……誰が?」
「決まってるだろ?」
老婆は空を指差した。
空には巨大な裂け目が開き、そこから無数の日本国政府のロゴが刻まれたドローンが降りてきていた。
『未納者回収システム起動――』
男の端末が震えた。
【あなたの魂残高:0%】
「……え?」
端末が最後の通知を送る。
『ご利用ありがとうございました。日本国民としての義務は、すべて完了しました』
次の瞬間、男の身体は透け始め、風に溶けるように消えた。